先ほど自作の豚の生姜焼きを食しました。
先を続けます。
本題。
そして、前日の宮崎ナイトをマン喫し、翌朝のホテル(繁華街の近く)の部屋からの眺望がこんな感じ。
ディするとかディすらないとかじゃなく、長野と同じくらいの街並みです。
ワタシ結構、人口20マン~40マンくらいの街がほど良くて好きです。
大都会過ぎず、かつイナカ過ぎずで。
やっぱ自分が生まれ育った環境に近いからなのでしょう。
そして、今回のホテルはきちんと朝食付き(かつ駐車場込みで6500円!)で、食後のコーフィーも飲んで。
↓↓こんなカッコで、鹿児島に向けてしゅっぱーつ!!
ま、前回の大分とほぼ同じです。
先日買ったバズのシャンブレー(サイズ16)ですが、この前巣立って行ったヤツは↓↓こういうふうに前立てが閉じなかったと記憶しているのですが、、
乾燥機に突っ込む前にキチンと形を整えているのに、前立てがヨレヨレと閉じてしまう。
ハズレ引いたのか?
いちいちアイロンなんかかけたくないぞ。
そして、いつもと同じ軍パンのこの日のカッコ。
後述しますが、激しく後悔することになります。
この後書きます。
ホテルを出発し、「なんかカリフォルニアみてーだな。いいね。宮崎。」と思わせる宮崎の街並みを見つつ、、
↑↑ヤシの木ではなく、パームツリーと言いたくなる街の雰囲気。
まず向かったのが、、、
宮崎県庁。
一時期、「どげんとせんといかん。」と言っていた宮崎県知事の頃、
よくテレビに映っていた瀟洒な県庁を思い出し、「次はいつになるか、そもそも来ることもあるか分からんから行っとこ。」となり。
きちんと正面から写真撮影。
なんか台湾に行った時に見た台湾総統府(旧台湾総督府庁舎)を思い出した。
↓↓台湾総統府
いいよ。宮崎。
南国ムードプンプンでさ。
県庁前の並木通りだってこんな感じ。樹木の名前は分からん。
さっきはカリフォルニアだし、この並木道はハワイかよ?って感じ。
雪国民はさー、こういう南国ムードに憧れるのよ。
円高の中、ハワイに遊びに行くくらいなら宮崎でいいんじゃない??って正直思ったわ。
で、宮崎にお金を落としてさ。
で、次の目的地(100名城・飫肥城)がある宮崎県日南市へ。
↑↑ほら。やっぱり全線開通してなくて発展途上。けど無料区間が相変わらず神!
大隅半島のほうって行った事なかったけど、、
何だかどんどんと「日本列島の果て」に向かっているような感じが。
書いていて思い出したんだけど、10年ほど前に宮崎県小林市のCMが話題になったの覚えてます??
フランス語で小林市を紹介しているようで、、実は、、みたいな。
なんか日本なのに、同じ日本じゃないみたい。
それが宮崎。
で、飫肥城の駐車場に到着して、「これが宮崎最後かも。」って思いもあってチケットも一番高いヤツを買って。
こんなにも風情ある坂道を登って。
そして、坂の下を振り返る。
人がいない。。。
写真の撮影時間を確認したら午前8時45分なので、まだ朝が早いからなのか??
いや、正午近くになってもこの街は人はまばらなのでしょう。
3連休の中日でこの状況って、宇和島へ行った時を思い出しました。 ⇐やはりバズのシャンブレーシャツは前立てが閉じると書いていました。前言訂正。
大都市が近くに無いような、地方の更に地方ってどこも苦労してるんだな。
ちなみにこの飫肥城周辺が宮崎県日南市の中心部だと思うので、「街の中心部を歩けば、その市の人口を言い当てられるようになった」ワタシはまだ日南市の人口は知りません。
当てます。
3、4マンくらいじゃない??
正解は、4.5マンでした。 ⇐ウィキペディアによると2020年からわずか6年で5000人も人口減ってるんですか!?
ほら。いい線いってるでしょ?
百聞は一見に如かずって言うけど、色んな街を見て来たから分かるのよ。
大都市圏じゃなくて人口1マン~50マンくらいの1地方都市の人口が。
ますます地理・歴史が好きになって来たぞ。
ハナシを戻す。
で、先ほどの駐車場のチケット売り場のおばちゃん(この後で話した別のおばちゃん2人もいちいち愛想が良かった)から聞いた日南市出身の有名人は、小村寿太郎ということで。
小村寿太郎記念館?で偉大な功績を見て。
↑↑身長155センチで、「ネズミ公使」とあだ名されても偉大な功績を残した小村寿太郎は立派だ!
こんな小さい町の誇りなんだろうな。
お城はこんな感じ。
なかなか荘厳な感じ。
人がいないのが逆に神々しさを感じた。
そして、いよいよ鹿児島県へ向かう。
行き先は鹿児島県志布志市(しぶしし)。
↑↑グーグルマップに導かれるまま、こんな感じのルートで向かいましたが、、
「果て感」がすげーの。もう一生今後は来る事無いんだろうなって思いながら。
おそらく宮崎県の県道3号線(主要地方道日南志布志線)という道でずっと行ったのですが、
とにかく人、対向車、前走車、後続車がいない。。
「果て感」がすげーな。
で、この宮崎県道3号線の「果て」がすごかった。
宮崎県内ではさすがに主要地方道を名乗るだけの事はあって、2車線だったり、登坂車線とかもあったのに、、、
鹿児島県境はこんな感じ。県道でも何でもない道に格下げがえぐい。。
幅員が半分になり、センターラインも消えた。。。
宮崎県から鹿児島県への一方的な片思いが儚いな。。。
こういう一事が万事で、陸の孤島と揶揄されてしまうのか。。。
さらば。宮崎県。
こんにちは。鹿児島県。
宮崎をないがしろにする鹿児島県側の道はこんな感じで。
何年かしたら新しい道が出来て、こんな道は廃れていくんだろうなと思わせる発展途上の様子を見たり。
鹿児島県も大隅半島側は、発展途上な様子。
30年前にバイク旅で鹿児島に行った時も、居酒屋で隣になった大隅半島から鹿児島市に遊びに来ていた、サスケと歳がそんなに変わらない人と呑みながら話したけど、方言が強くてマジで何を言っているか分からなかった。。
言葉通りハナシにならなかった記憶。。。
江戸時代には、江戸幕府の諜報活動のスパイが薩摩に忍び込んでも、言葉が違い過ぎてことごとくスパイであることがバレて生きて江戸に帰る事が出来なかったとか。。
そして、この二つの県の共通項と言えば、、
一つは、美味しい芋焼酎。 ⇐前日も宮崎で飲んだ。飫肥杉という銘柄をロックで。
そしてもう一つは、美味しいチキン、ポーク、ビーフかな。 ⇐前日は宮崎で鳥のタタキと炭火焼鳥を食べた。
鹿児島も黒毛和牛とか黒豚とか有名じゃないですか。
つまり畜産業が盛ん。
で、結構長い事、所々で動物のニオイが窓から入って来た。。
養鶏場、養豚場、牛舎が多いのでしょう。
そして、ようやく志布志城(続100名城)に到着。
この志布志城がまた別のマニア心をくすぐると言うか、、凄かった。。。
この山全体が山城のようです。
そして、道を進むと。。。
廃墟。。
廃墟。
そしてまた別の廃墟。。。
廃墟マニア万歳。
小学生の低学年だった頃に近所の友達と遊んだ廃墟巡りを思い出した。
なんだか懐かしい近所の裏山で遊んだ記憶とか。
そして、足元には所々にハイビスカス?のつぼみが落ちていて、ハイビスカスは自分の記憶には無いから、フィリピン辺りでゲリラ戦を繰り返した旧日本兵ってこんな感じだったん?みたいな、何だか不思議な気持ち。
日本なのに、オレが知らない日本というか。。
時間が昭和から止まっているというか。。
和歌山のぶらくり丁でも感じたあの不思議な感覚。。 ⇐この感覚嫌いではないです。
一応、本丸跡はこんな感じで。
そして、城スタンプ設置場所に行き、
おじさんに「この辺りで中古のCD売っているお店ありませんか?」と尋ねて。。
そして、やっぱり「え??すいません。。もう一度良いですか?」と聞き返して。
「このあたりだと鹿屋市が大きな町だから、鹿屋あたりなら売ってるんじゃない?」となり。
そろそろタイトルの「30年前の宿題」ついて、次回は触れていきたいと思います。
あと、この日の軍パンを激しく後悔した内容にも触れねば。
コメントください。
この記事へのコメント