城攻めと30年前の宿題を果たすため、宮崎と鹿児島に行ってきた。。 その1

ども。サスケです。

いよいよ部屋の窓を全開にしてこの記事を書き始めました。
四国はもう春本番です。

先日出品したバズのシャンブレーシャツが2枚とも無事に巣立っていきました。
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「ザ・定番」的なアイテムは、やはり安定した需要があるんだな、と実感。
「ま、これくらいの値段なら。」という価格で売れました。

自身にとっては、体形の変化が「一生モノ」には最大の障壁です


本題。

あれだけ心配していたガソリン価格も今週あたりから(一時的に?)落ち着き始めて、昨日は近所の愛用しているスタンドでリッター149円(安くない?)×20リッターほど給油いたしました。

そして、先週末の3連休に高止まりしていたガソリン価格には目もくれず、、
行ってまいりました!!宮崎と鹿児島へ。
鹿児島までの距離.png

何度か書いていますが、学生の頃にバイクで西日本1周の旅をしました(30年前であっても、やっておいて良かった)が、今回の宮崎、鹿児島もそれ以来で約30年ぶり。
長野に住んでいれば関西までクルマで行こうとは思いませんが、せっかく四国に住んでいるのだから、九州、中国も全てクルマで行きたいと思っています。

いつもの旅のお供たち(多少は変更あり)と、、
城攻めアイテム.jpg

初日はこんなカッコでお出かけ。
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ま、この時とほぼ同じです。
パンツがリアルガチのM-65パンツになったくらい。
なので、詳細は省略。

で、13時半三崎港発のフェリーに合わせて、10時半頃に家を出て。
前回同様、2時間かけて三崎港へ。
松山から三崎港.png
遠い。。そして初見ではあんなにワクワクした伊予灘も見飽きてきた。。。

そしてフェリーは13時半に出航。大分県の佐賀関へ。
三崎港~佐賀関.png
こちらも2回目になると、ワクワク感はもう無い。。「早く着け。」と思うばかりの移動。
今後、まだ最低2回は乗船予定(肥前肥後筑前筑後攻め)。

ようやく15時前に佐賀関に到着し、ようやく旅のワクワク感が始まりました。

豊後水道を左手に見ながら、国道217号線から東九州自動車道(E10)をひたすら南下して宮崎県延岡市を目指す。
佐賀関から延岡.png

「あーー、この辺がつい先月行った臼杵になるのねーー」とか思いつつ。

いやーー、、豊後水道のんびりとした雰囲気で良いわーー
癒されるーーーー

行きの道中の写真を撮らなかった事が悔やまれる。。
クルマ停めてでも写真撮っておけば良かったな。。

そして延岡が近づくにつれて、何故か30年前と同様、「延岡っていうと、ジョニー黒木だな。」
ジョニー黒木.jpg
なぜか千葉ロッテの90年代のエースを思い出した。
延岡学園だから延岡出身だと思っていましたが、宮崎県日向市出身というのは、上のウィキペディアで今知った。

男前の甘いルックスなのにスゲー宮崎訛りだったギャップが、今回も30年前もワタシに思い出させたのでしょう。
30年前と同じく、何故かジョニー黒木を思い出しつつ、最初の目的地である宮崎県延岡市に到着。

そして延岡城(続100名城・元の城名は県城)へ。
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何の思い入れも無いお城ですが、今でもたまに引っ張り出してやる戦国ゲームの「県城」ということで、名前だけは知っていました。

千人殺しという物騒な名前の石垣が立派です。
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そして、天守閣跡に近づくと、ナポレオンハット二角帽子というらしい)を被った人物の立派な銅像が鎮座。
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↑↑逆光の関係で正面からは撮影できなかった。

さぞ有名な方なのでしょう。
こんなに立派なナポレオンハットなんだし。
と思いつつ、人物名を見ると、
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内藤政挙というラスト延岡藩主かつ初代延岡潘知事だそうです。
知らん。

最初にこの銅像を見た時、「さぞ自己顕示欲が強いラスト殿様だったんだろうなあ。」と正直思いました。
「ワシが死んだら、お気に入りの二角帽子をかぶった銅像を建立せよ。」とか家臣に命じたのかなとか思った。

だって大半のお城は、土地の人しか知らないような無名でも、普通は初代藩主の銅像を恭しく建立するでしょ。

ま、上記のウィキペディアによると、電気所を建てたり、学校を設立したり、工場を誘致したり、地元の名士として尊敬されていたようです。
銅像一つで色々と想像できて面白かった。
周りに延岡出身の人がいたら、評判を聞いてみてください。

そして、次の目的地の宮崎市佐土原町方面へ。
延岡から佐土原へ.png

実は、宮崎県に入る前の大分県から思っていたのですが、、
宮崎って、、本当に申し訳ないけど「陸の孤島」のイメージ。。
いや、本当に申し訳ない。。

未だに高速道路が片道1車線で、まだまだ発展途上というか、、
インフラ整備も現在進行形というか。。
片道1車線 高速道路.jpg
↑↑ネットで拾ったイメージ写真。

山の中を行く東九州自動車道で、周りの光景は、山なのに樹木が伐採されていたり、植林されている山が多くて。
宮崎県 林業.jpg
↑↑ネットで拾ったイメージ写真。実際に宮崎県は林業が盛んな様子

農林水産業と言えば第1次産業であって、近代より前からの産業。
1次産業が盛んという事は、2次産業(工業)、3次産業(サービス業)の従事者が少なく、という事はケンミン所得も低いらしく。。。
誤解を恐れずに言うと、やっぱり陸の孤島なのかなと。

だけど、、
だけど、、、
片道1車線だからか分からないが、、

高速道路なのに無料区間が多くて神!!

島根から広島の尾道まで走った時を思い出した。
本当にありがてーな。

で、宮崎市に入った辺り(宮崎市佐土原町)もイナカで。 ⇐市街地までまだ距離がある所だから。
そろそろ夕闇が迫って、スタンプ設置施設の営業時間も終了間近になっていて。

佐土原城の続100名城のスタンプだけゲトして、
CIMG2176.JPG
向かったのが、佐土原城と同じ伊東四十八城の一つの都於郡城(とのこおりじょう)

本当は耳川の戦いの前哨戦の舞台となった高城に行きたかったんですけどね。
CIMG2174.JPG
↑↑『センゴク権兵衛』の7巻で島津家久がニラミを利かせていた城です。
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夕闇が迫る中で、また戻るのもダルいので都於郡城で妥協した。戦国ゲームには都於郡城が出ていたし。
都於郡城は空堀とか廓が割と残っていました。満足。
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本丸跡には天正遣欧少年使節団伊東マンショ(知ってる・都於郡城出身なのは今知った)の銅像がありました。
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なんか夕闇が迫る中、周りに人っ子ひとり居ないのにケモノ臭いのが少し怖かった。
イノシシだかのデカめのクソもあったし、前回のイノシシとの遭遇を思い出した。

そして、完全に夜になって。
宮崎市の一番の繁華街(ニシタチ)近くのホテルへチェックイン。
ニシタチ.png

ちなみに、今回の宮崎のホテル。
1か月前に予約したとはいえ、こんなに街の真ん中で、3連休の初日なのに駐車場代込みで6500円で、しかも全然リピートありのレベルでした。

そう。価格は需要と供給のバランスで決まるのです。
東京や京都のホテルはなぜ高いのか?
高くても宿泊したい人がいるからです。

先ほどからディスっているように見えたかもしれませんが、さすがに宮崎市は人口39マンを抱える中核市で、何なら長野市よりも人口が多い県都です。

夜の街もこんな感じでにぎやかでした。
↓↓実際は賑やかだったのに、写真になるとそうでもないように見えてしまうのはいつもの事。
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ちなみに、、
城巡りをしながら全国の市町村巡りをしていますが、最近は街の中心部を見れば、大体その市町村の人口を言い当てられるという特技を持ち始めています(人口1マン~50マンの間という条件と、首都圏とか関西圏、中京圏みたいな大都市圏以外という条件付き)。

で、ホテルの人に教わったお店で、宮崎名物の宮崎地鶏の炭火焼と鳥のタタキを食べながら、同じく宮崎の芋焼酎を飲んで。
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酔っぱらいながら、なんか贅沢してるよなーーーって思って、夜は更けて行ったのでした。

コメントください。

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