久しぶりに1日に3本目の記事です。
今のところ、アクセス数は伸びておりませんが、ファッション以外の記事だからでしょうか。。。
そんな事は関係なく、自身の日記代わりでもある当ブログ。
興味のない読者さんは見切り発車で、もりだくさんだった旅日記を書き進めます。
ちなみに当ブログ、サスケの暇つぶしの意味合いまで兼ねてます。
前回記事の続き。
で、念願だったお伊勢参りを果たし、松坂牛と伊勢うどんで腹も満たされて、、
これまた目的地の一つであった伊賀上野城へ向けて出発。
時刻は午後3時過ぎ頃。
営業時間?に間に合うかなーー。。
↓↓こんなルート。
時間もいよいよ心配になって来たので、伊勢自動車道をとんぼ返りして、さらに国道25号線にて伊賀まで。
上に貼ったウィキペディア先生の説明のとおり、国道25号線は四日市から大阪市まで伸びる国道らしいですが、三重県亀山市から奈良県天理市までは無料の自動車専用道路で、別名「名阪国道」とのこと。
中京エリアと関西エリアをつなぐ大動脈の一つです。
金沢市を走る国道8号線も途中から自動車専用道路になりますが、いつも走る度に「ここって最高速度どのくらいまでOKなん?」て疑問に思いながら走ってます。
今調べたところ、基本的には法定速度と同じ最高速度は時速60キロ。
だけど場所によって最高速度80キロまでOKとのこと。
みんな普通に100キロくらい出しているので、周りに合わせます。
もう田舎モンだから、自動車専用道路って高速道路とほぼ同じだと思っていました。
名前がかっこいい「名阪道路☆」を走ることすら楽しく思えています。
学生時代に、同じくバイクに乗るお友達が、「あそこはさー、ヨコヨコ道路から逗葉新道に乗って行くんだよねーー。」とか話しているのを聞いて、「ヨコヨコ?何だか知らんが都会の響きでカッケーな。。」と思ったのを思い出した。
そして伊賀インターを降りたのが大体16時半頃。
時間も迫っている様子なので、道草は食わずに真っすぐに伊賀上野城へ。
伊賀上野城は、安濃津城と同じく藤堂高虎公により拡張されたお城。
ここも伊勢神宮のついでに見ておきたかったお城。
そして駐車場に到着。
営業終了時間が間近に迫り、不憫に思ったのか、駐車場のおっちゃんも「もう駐車料金はええわ。」との事。
ボディブローのように効いてくる駐車料金ゆえにありがたい。
伊勢神宮は1000円もしたからな。
そして営業時間も迫っているので、とりあえずいつもの「グルっと1周」は後回しにして、天守閣方面へ。
大阪の陣に備えた平山城らしく、上り坂です。
そして平山の頂上に到着。
立派な天守閣ですが、これも史実に基づかない模擬天守扱いのお城のようなので、入城はパス。
写真には写っていませんが、人はちらほら見える程度。
伊賀だけに忍者のカッコをした子供とか、お花見の後片付けをしている家族連れとか。
そして見たかった高い石垣方面へ。
↑↑日本で2番目とか明言していない奥ゆかしい表現。
上から覗くと、、、
おおお。。この高さはすごいぞ。
向こう側に建っている三重県立上野高校の校舎が小さく見えます。
高虎公の築城技術マジでスゲーな。
大河ドラマで主役張れるっしょ。
津の人はもっと高虎公を敬った方が良いと思う。ホントに。
で、見るものも見たので、次は下から見にグルっと一周。
いや、本当に失礼だとは思いますが、三重県伊賀市なんて本当に小さい街ですけど、大阪城を守るにも攻めるにも重要な拠点だったことがよく分かります。
街の規模の割に巨城ですよ。このお城は。
改めて更にお城をグルっと回る。
↓↓ドラゴンボールのカリン塔のてっぺんみたいだけど、松尾芭蕉生誕300周年を記念して建てられた俳聖殿。
全然知らなかったけど、松尾芭蕉さんは伊賀市のご出身とのこと。
そして伊賀と言えば、忍者ですわな。一般的には。
急にピンっ!!と来た。
都市伝説で、
松尾芭蕉≒服部半蔵
『おくのほそ道』は徳川幕府に反旗を翻す大名がいないかスパイ活動をしたついでに書いた書物だった
というやつ。
まあ、芭蕉さん≒服部半蔵は別として、芭蕉さんも若かりし頃は忍者として訓練してたんじゃね?
だって、齢45歳で歩いて日本半周ですよ。
どこかの40半ばも過ぎたおじさんがキックボクシングを始めたのは良いけど。いつも言い訳ばっかで参加していないのに、歩いて日本半周ですよ。
芭蕉さんは忍者だった。
断言。
それとは別に、歳を取ると人は遠くに行きたくなるんだな、と現在の自分を重ねて急に芭蕉さんに親近感が湧きました。
そんな感じで伊賀上野城を後にした。
この時の時刻は18時頃。
さて、この後どうしよう。。
概ねのプランは消化しちゃったぞ。
琵琶湖西岸の温泉でフィニッシュ?
これから行く元気は無いぞ。
明日行くにしても、この後どうしよ。。
次回に続く。
コメントください。
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