前回に引き続き、大阪の史跡巡りの続きです。
4、真田丸・三光神社・陸軍墓地
アメ村を後にしたサスケは、心斎橋から地下鉄長堀鶴見緑地線で谷町六丁目駅へ移動。
真田丸跡地と近辺の散策のため。
城跡もそうですが、「跡地」を見て満足するのはほぼマニアだけです。
一般受けするお城はやはり天守閣現存のお城ですが、マニアになるとまだ戦国時代の頃の山城を歩きながら、想像の世界で楽しんでいます。
ちなみに真田丸は大阪冬の陣の際に、大阪城の弱点とされた南側に作られた弱点を補うための出城です。
真田山という地名として今も残っています。
明星中学校と向かいの心眼寺さんあたりが真田丸の場所と言われていますが、NHKの『ブラタモリ』でタモさんもこの辺りを歩いていましたね。
町の名前だって空堀町だし。
三光神社は大阪城まで繋がっている(と言われる)抜け穴が有名です。
フラフラと歩いていると、戊辰戦争から日清日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦で命を落とした教科書には乗らない名もなき兵士の方たちの墓地に入り込んでしまいました。
写真は撮りませんでしたが、墓石の数を見て平和の大切さをしみじみと感じました。
合掌。
5、近くて遠い大阪城
北に向かって歩いていくと、聖マリア大聖堂なる立派な教会がありました。
少しだけ敷地に入ってみる(人の敷地に勝手に入るのは基本おススメしません)と、キリシタン大名の高山右近さんの像が。
「高山右近さんといえば、黒田官兵衛さんなんかにもキリシタンの教えを示した人だね。」と思い出しながら写真にとりあえず収めました。
よくよく調べてみると、この教会というのが、後の熊本藩主となる細川家の大阪屋敷の跡地らしく、関ヶ原の合戦の前には西軍によって捕らえられそうになった細川ガラシャ夫人が壮絶な最期を遂げた場所とのこと。
高山右近さんの像の反対側には細川ガラシャ夫人の像もあったようですが、ここは見落としました。
で、近くの難波宮跡公園を「何だよ!!ただの原っぱじゃねえか!」とガッカリしながら通って、ようやく大阪城の天守閣がお目見え。
近づくと、大阪城周辺の案内地図が。
一般の人は、すぐに天守閣を目指しますが、マニアはそう言うことはしません。
「どこが弱そうか、自分ならどこから攻めるか?」という目線でじっくりと堀を外から見て回ります。
初めて皇居(旧江戸城)に行った時もこれをやりましたが、あまりの巨大な城のため、歩き疲れて途中で激しく後悔しました。
大阪城もこれに近い。。
とはいえ、「ふーん、NHKの大阪放送局とか大阪府警本部とか大阪府庁もあるんだね。どんなんだろ?」と城とは反対側の堀の様子のチェックもぬかりなく。
皇居(旧江戸城)の周りだって、国会議事堂とか警視庁本部とかイギリス大使館とか警備している機動隊の皆さんとか普通に見ても楽しいし。
⇊NHK大阪放送局
⇊大阪府警本部
⇊大阪府庁?
6、ようやく大手門から二の丸、本丸、天守閣へ
以下あまりにメジャーな観光地のため、レポート割愛。
ということで、前から大阪に行ったら、回ってみたかった真田幸村さんを巡るツアーは無事に終了しました。
次に大阪に行くのはいつになるか全く分かりませんが、おそらく仕事の関係で何年後かにはまた来ると思います。
大阪から長野への帰りは、今回は金沢経由も考えましたが、料金が名古屋経由よりも高いのと、時間が合わなかったので、定番の名古屋経由で帰ってきました。
早く北陸新幹線が延伸して、関西がもっと長野から近くになってくれれば、もっと気軽に行けるんだよなーなんて思いました。
今回の大阪のご報告は以上となります。
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